妹の夫が聞いてくれたということは、おそらく東さんに取りなしてくれたおかげで彼女から全額もらうのではなく、少ない金額になったのだろう。 もちろん、十八万でも今の彼女にとってはかなりの出費だった。この出費を教訓にして今後外では気をつけることにしよう。高級車には、傷をつけてはいけない! 「旦那さんはもうすぐ帰ってくるんでしょ?」 「うん、明日帰ってくるよ」 「それならよかった。明後日私と旦那は早めに行くわね。あなたが自分でご飯を作るんでしょ?手伝うわよ」 妹と長年ずっと助け合って生きてきた佐々木唯月は、仕事もできるし、社交上手、料理や育児、家事全般も難なくこなせる人だった。ただ今は子供がいて時間がとれないし、給料もないので家で大人しく旦那の言うことを聞いて、専業主婦をやるしかなかった。 姉妹は電話でしばらく日常のことについておしゃべりしてから電話を切った。 「結城さん、毎日夜は残業ですか?」 「何か用があるのか?」 「もうすぐ週末になるので、おばあちゃんやあなたの両親も食事しに来ますよね。うちは物が少なくて寂しすぎます。この二日時間を作って家具を見に行きたくて、必要なものは買ってきたいんです」 結城理仁は黙った。 彼の仕事は本当に忙しく、毎日のスケジュールもパンパンだった。彼女に付き合って家具を買いに行く時間は本当に時間的に難しいかったのだ。 彼が何も言わないのを見て、彼の立場に立って考えてからこう言った。「時間がなければ、私自分で買いに行ってきますね」結城理仁は頷いて「この家の女主人は君だ。家の事は君が主体になって決めてくれていい。大きな問題は俺に言ってくれればいいから」と言った。実際に彼には家の細かいことに気を配るような時間はないのだ。 「わかりました。明凛に今日は店に行かないで買い物に行くと伝えます」 彼らの家は、ここからスタートだ。 結城理仁は何も言わなかった。 彼を身を翻し部屋へと戻っていった。 そしてすぐに部屋から出てきて内海唯花にひとこと言った。「仕事へ行ってくる」 「車の運転気をつけてくださいね」 内海唯花は心のままに念を押して言った。 結城理仁はあのまだ食べていない肉まんと豆乳を持って出ていった。 彼は内海唯花にお金持ちではないことを装うために買った車を運転してトキワ
昨日の夜、内海唯花はわざわざ結城理仁が帰ってくるのを夜遅くまで待って、土曜日の朝一緒に市場へ野菜を買いに行くことを約束した。昨晩おばあさんに電話をかけて確認し、今日来るお客さんは二つか三つテーブル分必要になることを知った。結城理仁の弟たちも来るからだ。 彼女と結城理仁はもう結婚したのだから、結城家の嫁になった。両親だけでなく結城家の同世代の者たちにも兄嫁に会わせて、お互いを知っておかないといけないとおばあさんは言いたいのだ。 今日買わなければならない食材はとても多く、彼女一人では持って帰ってこられないだろう。それで結城理仁に車を出してもらえば、余分に食材を買っても持って帰る心配はしなくて良いのだ。 あの日と同じように、朝六時に結城理仁は内海唯花のLINE電話に起こされた。 寝起きが特に悪い結城理仁は、もはや修行僧にでもなれるほど本気で耐えては耐え、内海唯花に怒鳴りつけたい気持ちを抑えていた。 「結城さん」 内海唯花の澄んだその声は聞くと非常に心地よかった。 結城理仁は眉間を押さえ、低い声で言った。「あと十分時間をくれ」 「わかりました。今朝食を作っていますから、後で食べてくださいね。食べ終わったら買い物に出かけましょう」 結城理仁「......一体何時に起きたんだ?」 今は朝六時なのに、彼女はもう朝食を準備し終えていた。 「五時過ぎですね」 一人で二、三テーブル分の料理を作るのだから、かなりの時間がかかるため彼女は早起きするしかなかった。そうでないと間に合わないからだ。 結城理仁はそれ以上は何も言わず、黙って電話を切った。 家長に会うことを彼女はとても重要視していた。今日来るのは彼の家族たちだ。彼女のこのような態度に彼はとても満足した。 十分後。 結城理仁は普段着で食卓に現れた。 彼女はまだ食べている途中で彼を見て微笑んで言った。「私が作った味噌汁飲んでみてください。姉はとても美味しいって言ってくれるんですよ」 結城理仁は自分の朝食を見ると、とても美味しそうで食欲をそそられた。彼はせっかく作ったのだからとその朝食を食べてしまった。確かに美味しかった。彼女の料理の腕前は確かなものだ。 彼は本当に美味しいものが食べられて幸せだ。 彼女の手作りの朝食は外で買ってきたものより安心だ。 内海唯
二時間かけて市場を回りようやく帰ってきた。 出かける時は高級車に乗りあまり歩き回らない結城理仁だが、普段体を鍛えているし、武術を嗜んだこともある。しかし、内海唯花と二時間も市場で歩き回り、荷物まで持たされてさすがに疲れ果ててしまった。 まだ処理し終えていない書類や、延々と続く会議をやることになっても、女に付き合ってショッピングや市場を回るのはもうご免だ。 車を止めて、内海唯花が車から降りる前に結城おばあさんから電話がかかってきた。 「唯花ちゃん、あなたたち家にいる?私たちは下にいるわよ」 内海唯花は笑みを浮かべて言った。「おばあちゃん、私たち市場から帰ってきたばかりなの。そこでちょっと待ってて。すぐ行くから」 「あなた理仁くんと一緒に市場へ?」 おばあさんはそれを聞いて楽しそうだった。心の中であのツンツンして偉そうなお孫様が城下町におりて内海唯花と一緒に市場を回るなんて。 彼に一般庶民を演じさせるのもまた良いことだ。彼に普通の人の生活というものを経験させよう。 「うん、買い物に行ってきたの」 「理仁くんは普段仕事で忙しいから、この歳になっても市場を回ったことなんてないのよ。彼を連れてもっと出かけてちょうだい。唯花ちゃん、理仁に荷物を持たせなさい。彼は力があるわ、あなたは疲れないようにね」 結城理仁「ばあちゃん、一体どっちが本当の孫なんだ?」 内海唯花は車を降りて、片手で携帯を持ち電話をしながら、もう片方の手で後部座席のドアを開け、中から折りたたみ式のカートを引っ張り出した。表情で結城理仁にカートを開くように合図した。 「おばあちゃん、安心して、私は全く疲れてないから」 このカートでは買ってきた物を全て入れることはできなかった。彼女が買った野菜や果物はたくさんあって、載せられなかった。残りは結城理仁が手に持つことになり、彼女は最初から最後までとても楽ができ、ちっとも疲れてなんかいなかった。 「おばあちゃん、私たち今からそっちに行くわ」 「わかったわ、後でね」 おばあさんは自分から電話を切った。 内海唯花は携帯をズボンのポケットに押し込み、カートを押しながら両手が塞がっている結城理仁に言った。「結城さん、行きましょう。おばあちゃんたちが下で待っています」 結城理仁と彼女は肩をならべて歩いていった
この光景はなんとも形容し難かった。 「おまえ達よく覚えといてね。私たちの正体を明かさないようにしなさい。唯花ちゃんは何も知らないの。あなた達夫婦二人はあとで退職金はなく家で野菜や花を育ててたまに生活費を稼いでるって言いなさい」 「来る前に言ったことを忘れないでよ。もしぼろでも出したら理仁くんから痛い目に遭わされるわよ。その時は私に助けを求めないでよね」 おばあさんは孫のこの様子が面白いと思い、極力孫が一般人を演じる手助けをしようとしていた。 彼女は内海唯花がとても良い女性で絶対にお金に欲深い人ではないと固く信じていた。彼女の歳なら人を見る目は十分養われているからだ。 「わかった」 皆は低い声で応えた。彼らは内海唯花を全く知らないわけではなかった。内海唯花がおばあさんを助けた後、内海唯花にお礼を言ったのはおばあさんの息子夫婦だった。 結城理仁の母親は特に何も話さなかった。彼女はおばあさんが息子と内海唯花を結婚させることに反対していた。しかし、おばあさんがこの傲慢な息子を説得したものだから、彼女も止めようがなかったのだ。 内海唯花がおばあさんを助けてくれて、結城理仁の母親も彼女に感謝していた。彼ら一家は唯花に感謝を述べ、お礼をしようとしたが、彼女はそれをやんわりと断った。しかし、思いもよらずおばあさんは内海唯花のことを気に入ってしまった。彼女の人柄は非常に優れていると思ったのだ。 それからというもの必死に結城理仁と内海唯花の仲立ちをし、最終的にはおばあさんの望み通りになったわけだ。 結城理仁は内海唯花と結婚手続きをするだけで、あとはじっくりと内海唯花を観察すると言っていた。彼女が本当におばあさんが言うとおりの人物なら、彼は縁組を受け入れこの家庭に腰を据えるつもりだと。 結城理仁の母親は息子が内海唯花と円満に別れることを望んでいた。二人がお互いに性格や習慣など様々な面でうまくいかないと思っていたからだ。 もちろん、おばあさんが賛成しているからこそ、彼女が内海唯花に何かしようとは思っていなかった。自然の成り行きに任せればいいのだ。 「おばあちゃん」 新婚の二人がやってきた。 内海唯花は微笑んでおばあさんに挨拶をした。 そして、結城家の三人の息子とその奥さんたちにも挨拶をした。彼女は彼ら数人には会ったことがあるの
結城蓮は人懐っこい性格で、すぐに内海唯花と楽しそうにおしゃべりし、打ち解けた。 この子は義姉が兄に荷物を運ばせている光景を目の当たりにした後、義姉という虎の大きな威を借りることをはっきりと決めた。彼は今後この虎が彼の後ろ盾になるのだと確信したのだ! 佐々木唯月と佐々木俊介は息子の陽を連れて結城家一行よりも少し遅れて到着した。 妻が他人の高級車に傷をつけ弁償しなければならなかったが、最終的に義妹の夫が車の持ち主と知り合いで、妻は十八万円支払うだけでよくなった。佐々木俊介はまだ会ったことのない相婿を過小評価できなかった。 本来今日の両家の集まりをそこまで重要視していなかった佐々木俊介は心変わりし、結城理仁に会った後、心の中で相婿の風格に驚かされた。彼の会社の社長よりも威厳があり、周りをビクビクさせるような人物だった。 「結城さん」 佐々木俊介は満面の笑みで結城理仁に右手を伸ばした。「はじめまして。私は唯花の義兄の佐々木俊介です」 結城理仁は佐々木俊介と握手を交わして淡々と挨拶した。「はじめまして、結城理仁です」 彼はまた佐々木唯月にも義姉さんと声をかけ挨拶した。 佐々木唯月は妹の夫が素敵な人だとわかった。結婚書類の中にあった写真よりも威厳があり、冷たそうで口数の少ない人のようだったが、彼女はとても満足した。 「陽ちゃん、挨拶しようか」 佐々木唯月は息子に結城理仁に挨拶するように教えた。 佐々木陽は丈夫で素直な子に育っていた。目元は母親ゆずりのようで黒々としてキラキラしていた。瞳をいつもくるくるとさせて周りを見回し無邪気で可愛らしかった。誰でも虜にさせてしまうような魅力のある子だ。 結城理仁は思わず尋ねた。「義姉さん、この子を抱っこしてもいいですか?」 佐々木唯月は微笑んで言った。「もちろんよ」 彼女はまず妹に息子を渡し、内海唯花が甥っ子を抱き上げて結城理仁に抱っこさせた。 佐々木唯月のこの動作に結城理仁は義理の姉を高く買った。とても気遣いができる人だ。それに礼節を知り疑われないようによく気をつけていた。彼が直接子供を抱っこした時に二人が触れ合わないように先に子供を内海唯花へ渡したのだ。 彼と内海唯花は法律上の夫婦だから、触れ合うことは普通のことだった。 佐々木陽は結城理仁に抱えられたまま上へとあがっ
結城理仁は佐々木俊介と交流するのが好きではなかった。佐々木俊介が彼の一番嫌いなタイプであるだけでなく、佐々木俊介の唯月に対する態度が問題だった。 佐々木陽が喉が渇いた時、哺乳瓶の中には水が入っていたし、それは佐々木俊介が座っているテーブルの目の前に置いてあった。彼は動く必要もなく簡単に哺乳瓶に手が届く場所にいたのに、佐々木唯月をわざわざ呼んで息子に水を飲まさせたのだ。 今日はお互い初めて会った日だ。結城理仁の鋭い眼光から見てみれば、この相婿は家で佐々木唯月という妻の存在を全く眼中に置いておらず、しかも佐々木唯月が家で子供の面倒を見ているだけで楽なことだと思っているようだった。 結城家の家風、結城家の家訓が身に染みている結城理仁にとってみれば、このような妻を尊重しないクズ男は大嫌いだったのだ。 彼と内海唯花はいわゆるスピート結婚で、結婚手続きをする時に初めて顔を合わせた。全くの感情がないと言ってもいいが、彼は内海唯花を妻としてやはり尊重していたのだ。 内海唯花は彼がこう言うのを聞いて笑った。「気が合わないようなら必要ないですね」 「三男はおしゃべりなんだ。あいつがいれば義姉さんの旦那と交流してくれる。彼が俺たちを冷たい一家だと思うこともないだろう」 結城家の三番目の坊ちゃんは優しそうな顔をしているが内心は陰険な人間だ。誰とでもコミュニケーションをとることができ、会話中にも腹黒いことを考えていた。 「じゃあ、ちょっとお手伝いしてもらおうかな」 結城理仁は何も言わず、彼女の手伝いを開始した。 新婚夫婦がキッチンで一緒に準備しているのに両家の家長は非常に満足していた。 佐々木唯月は妹の夫がとても妹を大事にしてくれていると感じた。 食事の時、皆は内海唯花の料理の腕を絶賛した。 おそらく山海の珍味を普段食べ慣れているせいだろう。内海唯花が作った家庭料理が特別に美味しく感じられたのだ。 とても賑やかな一日だった。夕方、両家は夕食を食べ終わってから次々と帰っていった。この小さな家庭がまたいつものように静かになった。 内海唯花は部屋に戻ると、ソファに倒れこみ横になった。そして後ろに続けて入ってきた男性に言った。「もう立ち上がれないです」 結城理仁は何も言わなかった。 内海唯花はこのように言ってみたものの、別に彼からね
「結城さん、私がやりますよ」 内海唯花は彼にそこをどくように目配せした。 結城理仁は少し黙り、その場を譲った。そしてエプロンを外すと内海唯花に渡した。 しかし彼はキッチンから出て行かず、彼女の側に立って内海唯花が食器を洗うのを見ながら言った。「次食事会があったら、ホテルに食べに行こう。手間がかからないだろ」 「はい」 内海唯花は特に意見はなかった。今日は両家の家長が会う日だったので彼女もおばあさんたち家族にお披露目する意味でも家でご飯を作ったのだ。 「ばあちゃん、君に何か言っていたか?」 結城理仁は突然尋ねた。 内海唯花は一旦手を止め、彼のほうを見た。 結城理仁も彼女を見つめ、夫婦二人はお互いに目を合わせた。結城理仁は彼女のまなざしから少し自分をからかっているのが見て取れ、彼女の言葉を聞いた。「おばちゃんが私たちが別々の部屋で寝てるんじゃないか?って。私たちは結婚したのだから私にもっと大胆になって、自分からあなたを押し倒して服を脱がせて、その、やっちゃいなさいと」 結城理仁「......」 こんなセリフを彼のおばあさんは吐けるのだ。 「それから、来年女の子のひ孫を抱かせてほしいと言ってました。特に強調して女の子のひ孫をって。もし女の子が生まれなかったら、女の子が生まれるまで産めだそうです。女の子が生まれれば報酬を出すって。おばあさんが一生かけて蓄えたものを全て私にくれるとか」 結城理仁「......」 彼のおばあさんの一生分の蓄えは数百億に達していた。 このおばあさんは本当に内海唯花というこの孫息子の嫁を重視しているようだ。 「あなたのおじいさまは女の子がいなかったのですか?」 結城理仁は首を左右に振り否定して言った。「俺の曾祖父さんにはたった一人だけ女の子がいたんだ。曾祖父さんの妹だ。だけど五歳になる前に他界してしまった。それから何代にもわたって女の子は生まれていない」 彼の代は男従兄弟九人だ。 内海唯花は引き続き皿洗いをしながら笑って言った。「なるほどおばあちゃんがあんなに気前が良い訳ですね。おばあちゃんの一生の蓄えを私にくれるだなんて。本来そんなことは出世するよりも難しいことですよ」 彼女のこの言葉を結城理仁は深読みしすぎた。彼女の化けの皮がようやく剥がれたと思ったのだ。なるほど、
申し訳ないことに、夫婦の仲はまだそれほど良くはなっていないのだ。 彼らはどのみちルームメイト的な関係で一緒に生活するのだ。彼が彼女に対して天地が荒れ狂うほど怒りを爆発させたとしても、彼が彼女をここから追い出さない限り、彼女にとってはどうでもいいことだった。 内海唯花は食器を洗い終わり、キッチンをきれいに片付けてから他の部屋ももう一度整理整頓した。最後にあのベランダにある彼女が買ってきたハンモックチェアに腰掛けた。ゆっくりと夜風の涼しい風に吹かれ、チェアを揺らした。それに内海唯花はとても満足した。 彼女のベランダは小さな花の庭園のようで、花たちがすくすくと育っているのを眺め、内海唯花が改めて結城理仁の仕事に感心してため息をついたのは言うまでもないだろう。 ゆっくりと落ち着いた足音が聞こえ、ベランダのほうにやってきた。 すぐに結城理仁がベランダに現れ、内海唯花がハンモックチェアに揺られて満足げに気持ち良さそうにしているのを見た。結城理仁の顔はさらにこわばった。 彼は近づいてくると、二枚の紙を彼女に渡した。 「なんですか?」 内海唯花は興味津津に尋ねた。 結城理仁は何も言わなかった。つまり見ればわかる、他に何か聞くことがあるのかという意味だった。 二枚の紙を受け取り、内海唯花は書かれている内容を確認した。それはなんと合意書だった。彼が二枚印刷していたのは彼に一枚、彼女に一枚ずつということだ。 彼の名前はもうサインしてあり、押印も済ませてあった。 あら、とても本格的じゃないの。 内海唯花はつま先で地面をトントンと叩き、ハンモックチェアをもう一度揺らし始めた。彼女は椅子にもたれかかり、結城理仁が作った合意書を真剣にまじまじと読んだ。 合意書は紙いっぱいに書かれてあった。 内海唯花は重要な箇所だけを覚えた。彼らは今なんの感情もなく名義上の夫婦だ。彼の体によからぬ妄想を抱くな。はっきりと言えば、別々の部屋で寝て、夫婦らしいことはしないということだ。 それから半年以内に、二人がやはりなんの感情も抱けなかったら離婚すること。彼は今住んでいるこの家を喜んで彼女に譲渡し、あのホンダの車も一緒に彼女に贈るということだ。 他のことは特になかった。特に強調してあったのは彼女がおばあさんの私産に手を出すなということだった。こ
「義姉さん、これは何ですか?」結城辰巳は魚介類の独特な匂いを嗅いだ。「魚介類よ。私の友達が海にバカンスに行って帰ってきた時にたくさん持って来てくれたの。ほとんど新鮮なものよ。私もあなたのお兄さんもそんなにたくさん食べられないから、あなた達におすそ分けしたくて」結城辰巳はおばあさんをちらりと見て、拒否しない様子だったので彼は「こんなにたくさんですか」と言った。彼の家では魚介類は普段よく食べているので他所からもらう必要はない。でも、義姉からもらったものだから、やはり大人しく受け取って家に持って帰ることにした。「おばあちゃん、家族のみなさんにもおすそ分けして食べてね」内海唯花はとても気が利いていて、それぞれの家庭用に袋を分けて入れていた。帰ってからその小分けされた袋をそのまま渡すだけでいい。中に入っている量はどれも同じだから。「わかったわ、みんなに分けるわね」おばあさんは結城辰巳が魚介類を車の上に乗せた後、自身も車に乗り、忘れずに内海唯花に言った。「唯花ちゃん、さっき理仁にメッセージ送ったの。後でここに来てあなたと一緒にご飯を食べるようにってね。その後また会社に戻って仕事しなさいって。今頃ここに来ている途中のはずよ。辰巳はあの子と同じ会社で働いてて、辰巳はもう来たでしょ。早く戻ってご飯を作って、見送りは不要よ」内海唯花「……おばあちゃん、そんなことならもっと早く言ってくれればいいのに。後で食べ残しを温めて食べようかと思ってたの、私一人分がちょうどあるから」おばあさんは言った。「今から作り始めれば間に合うわ。さあさあ、作りに行ってちょうだい。理仁はいつも遅くまで残業しているから、多めに料理を作ってたくさん食べさせてやってちょうだい」おばあさんの前だから、内海唯花も断りづらかった。おばあさんを見送った後、店には内海唯花一人になった。彼女は急いで携帯を取り出し、結城理仁にLINEを送って店に来ないように言おうと思った。彼のためにご飯を作るのが面倒だったのだ。しかし、彼女はLINEを開いてからすでに彼のLINEを消していたことを思い出した。いや、そうではなく、彼が先に彼女のを消したのだ。少し考えてから、内海唯花はブロックしていた結城理仁の電話番号を元に戻した。結城理仁は電話番号をこれまで誰からもブロックされたこと
九条悟は佐々木俊介が浮気をしていることを全く意外に思っていなかった。彼は言った。「君の奥さんのお姉さんは結婚してからかなり大きく変わっただろう。一方、佐々木俊介のほうは昇進して、彼の周りにいる女性たちは彼女よりもきれいだったんだろうな。時間が経っていくうちに、彼は自然と自分の妻に嫌悪感を抱くようになったんだ」結城理仁は冷ややかな目つきと声で言った。「彼女はどうしてあんなに変わってしまったんだ?それは、彼女が彼を愛しているからだろ。自分のスタイルがどうなろうが構わず、彼のために子供を産み育て、子供がいても旦那に安心して仕事をさせるために、一人で子供の世話と家庭のこともしっかりこなしていた。そのために自分の青春も美しさも捨てて家族のために尽くしたんだ」彼も義姉は結婚前と後での変化が大きく、少しはダイエットをしたほうがいいとはわかっていた。しかし、これは佐々木俊介が不倫をしていいという言い訳には決してならない。このような節操の無さは彼のDNAに刻まれていることで、以前はそれを表に出していなかっただけだ。今の彼は会社でも一定の地位に就き、仕事で成功を収め、おごり高ぶっている。それで自分の妻を見下し、嫌っているのだ。佐々木俊介がもし今の唯月を醜いと思っているなら、彼女にダイエットするように言えばいい話なのだ。佐々木唯月は彼に対して今でも情がある。彼が彼女にダイエットするように言えば、彼女は絶対に努力して痩せるはずだ。しかし、佐々木俊介は彼らの結婚生活におして、至る所で唯月を抑圧し、彼女が何をしてもダメ出しばかりで、家庭の出費までも半分ずつ負担するようにと言い出した。佐々木俊介は唯月が今仕事がなく、収入源がないということを知らないのか?「それもそうだな。良識のある男だったら、自分の奥さんが100キロ太ったとしても、心変わりなんかしないだろう」誠実な男というのは、ただ妻が醜くなったとか、太ったとかいう理由だけで浮気したりしない。つまり佐々木俊介は唯月に飽きてしまっただけなのだ。それに、彼がわざと佐々木唯月が豚のようにぶくぶく太るように差し向け、それを理由にして彼女に愛想を尽かし浮気したんだという言い訳にしようとしているのかもしれない。「佐々木俊介にばれないようにしろよ」九条悟ははっきりとこう言った。「安心しろよ、俺がやるっていう
「一緒に飲むか?」結城理仁が住む所にはどこであろうと美酒が用意されている。「遠慮しとくよ。酔うと困るしな。君は酔っ払っても奥さんが世話してくれるだろうけど、俺は独り身なもんだから、酒に酔いつぶれても誰も世話してくれないからさ」「そんな可哀そうな奴みたいに自分で言うな。見合いでもしてさっさと結婚決めて、奥さんに面倒見てもらえ」九条悟はへへへと笑って言った。「君を反面教師として、俺はゆっくりと縁が来るまで待つことにするよ」「俺のどこを反面教師にするって?俺の結婚生活はうまくいってる!」「ああ、ああ、そうだな、うまくいってるよ。ここ数日、君ときたら顔はずっとこわばりっぱなして、仕事の効率もめっちゃ上がってるしな。ただ部下はきつそうだぞ。ここ数日は、会社で自主的に残業する社員と深夜まで残業する奴がどんどん増えてるんだ」結城グループは強制的に従業員を残業させることはしない。ただ自分の仕事をきちんと終らせれば残業をしなくていいだけでなく、退勤時間前でも帰っていいのだった。しかし、自分の仕事は必ず終わらせなければならない。終わらなければ残業は必須だ。その日の仕事を次の日に持ち越してはいけない。結城理仁は今妻と冷戦状態であるから最悪な気分で、その鬱憤を仕事で晴らしている。彼は本来仕事のスピードが速い。それが今、全神経を集中させて仕事に専念しているのだから、仕事の効率は本来のものよりもかなり上がっていて、三日でやる仕事を彼はたった一日で完成させられる。ただ部下たちはそのせいで苦労しているわけだが。「アシスタントの木村さんはあまりの忙しさで水一杯飲む時間すらないんだぞ」結城理仁はサインペンを置いた。「彼らは君に辛いと言ってきたのか?」結城グループ内で、結城家の当主で社長である彼をみんなは敬い恐れている。みんな辛いと思った時には、九条悟に訴えるしかない。九条悟のほうは結城理仁と違って冷たい雰囲気はなく、かなり温和だから言いやすい。しかも結城理仁は九条悟に並々ならぬ信頼を寄せていて、彼をかなり頼りにしている。二人はまた親友でもある。だから、九条悟に訴えておけば、自然と結城理仁の耳に入るというわけだ。「別に訴えられてはないけど、俺が自分で見てそう思っただけだよ。理仁、俺の言うことをよく聞いて、今夜は何かプレゼントを買って帰っ
夕方の退勤時間近くになって、九条悟がたくさんの書類を持って社長オフィスのドアをノックし入ってきた。結城理仁は彼をちらりと見て、すぐ自分の仕事を続けた。彼が座ってから理仁は言った。「お前のアシスタントは何をしているんだ?」「アシスタントは妊娠中だからな。俺って優しいから、彼女に苦労させたくないんだよ。疲れさせちゃったら、旦那さんが怒って俺のとこに来るかもしれないだろ。だから、俺自ら来たってわけ」九条悟はその書類の山を親友の目の前に置いた。「これには全部目を通しておいたよ。問題ないから、君は書類にサインしてくれるだけでいい」九条悟は書類を置いた後、立ち上がりコップにお茶を入れ、また座ってそれを飲みながら目の前にいるその男を見た。結城理仁はかなりのイケメンだ。彼が毎日毎日厳しい顔つきで、冷たい雰囲気を醸し出していても、その整った容姿を隠すことはできなかった。今のように見た目を重視する時代において、彼に何度か会ったことのある若い女性なら、彼をそう簡単には忘れることができないはずだ。とある女性は例外だが。例えば彼らの社長夫人である内海唯花だ。九条悟は本当に内海唯花には感心していた。たった一か月ちょっとの短期間で、彼ら結城グループで最も奥手である男の心の殻を破り、もうすぐその心を完全に開いてしまおうとしているのだから。ただ問題は内海唯花が結城理仁に対して全く恋愛感情を持っていないということだ。彼女はどうしてこうも心を動かされないのだ?結城理仁は彼女に対してとても良くしてあげているじゃないか。彼を慕っている女たちは結城理仁をちょっと見ただけで何年も忘れられないのに。神崎姫華のように何年も諦めずに彼をひたすら追いかけようとしている人もいる。結城理仁は内海唯花のために前例を破るほど、彼女に良くしてあげているというのに、彼女は全くといっていいほど心を動かさない。これこそ九条悟が彼女に感心している点なのだった。「何を見ている」結城理仁は顔を上げてはいないが、親友が自分を見つめているのがわかっていた。「君はカッコイイなぁと思ってさ。理仁、本当にイケメンだよな。その厳しく冷たい性格のおかげだ。もし優しい奴だったら、みんな君のことを女の子だと勘違いしちまうぞ。もし君が女なら、君より綺麗な女性は絶対いないだろうから、他の女性は恥ずか
佐々木俊介はそう言うと、仕事を一旦放っておいて、成瀬莉奈を連れて会社を出た。彼は部長で、成瀬莉奈は彼の秘書だ。普段、佐々木俊介が商談をしに行くときには、成瀬莉奈をよく連れて行くから、二人が一緒に会社を出ていくのを見ても、誰も何も言わなかった。ただ清掃員のおばさんは会社のゲートで佐々木俊介が車で成瀬莉奈を連れて出て行ったのを見て、年配の警備員に言った。「佐々木部長は毎日成瀬秘書と一緒にいて、唯月ちゃんはこの二人が浮気していると心配じゃないのかしらね」佐々木唯月がこの会社に勤めていたから、昔からここで仕事をしていた従業員たちはみんな彼女のことをまだ覚えているのだ。警備員は清掃員のおばさんを一瞥して「いまさら?」という顔をした。彼は周囲を見回し、誰もいないことを確認すると、声を潜めておばさんに言った。「毎日会社の隅から隅まで掃除しているってのに、何も知らないのか?佐々木部長は成瀬秘書ととっくにできているんだぞ」清掃員のおばさんは意外そうに声を上げ、興味深々に尋ねた。「あなたはどうやって知ったんだい?」「目のある人ならわかるだろうよ。仕事が終わった後、成瀬秘書はいつもブランド品を身につけ、綺麗に着飾ってるんだぞ。彼女が持っているバッグは5、60万円もかかるルイヴィトンのものだ。成瀬秘書の収入で、あんな生活はきっとできない。彼女は一般家庭の出だろう。ブランドの服、バッグ、それとネックレス、それは絶対佐々木部長が買ってあげたもんに決まってるさ。仕事が終わったあと、あの二人が仲良さそうに夜食を食べているのを見た人もいるんだぞ。あの二人の間に何もないなんて、誰が信じる?」おばさんは言った。「唯月ちゃんはまだ知らないでしょうね。彼女は佐々木部長と結婚した時、会社の全員をパーティーに招待したでしょ。あの時の唯月ちゃんがどれほど幸せそうに見えたか、いまだに覚えているよ。花嫁の唯月ちゃんは本当に誰の目も奪うほどきれいだったわ。あれからまだそんなに経ってないのに、佐々木部長はもう浮気してるなんて。男はね、やっぱりお金があると豹変するもんね」彼女は佐々木唯月がかわいそうだと思っていた。「唯月さんはこの二年間あまり会社へ佐々木部長に会いに来なくなったな。きっと主人が浮気しているのをまだ知らないんだろう。成瀬秘書もそんなに大人しい性格じゃないから、待
「あいつは今太っていてブスになってるから、連れて行ったら、絶対皆に笑われるだろう。それは俺の顔に泥を塗るのも同然だ」言い終わると、佐々木俊介は成瀬莉奈の綺麗な顔を少しつねって、彼女を褒めた。「今ではあいつは莉奈と比べ物にならないよ。今の俺の心は莉奈のことでいっぱいで、あいつに対しては、本当に何の感情も湧かないんだ。この前、あの女に包丁を持って、町で追いかけられただろう?あいつが謝って、以前より俺に対する態度は良くなったけど、どうしても許せなかった。なにせ、あの日俺が逃げ切れなかったら、殺されてたかもしれないんだからな。あいつがあんな毒蛇みたいな女だと知ったのは、あの日がはじめてだった。陽のためじゃなければ、本当にあの家に帰りたくなかったんだよ。それに、お母さんと姉さんも言ったんだ。家の頭金を出したのは俺だ。それに、結婚前に買った家で、家のローンも俺が返しているんだぞ。どうして俺が住めなくて、あいつ一人が住めるってんだ?それに、あいつは俺の家族とも仲が悪いぞ。莉奈、俺の親と姉に会っただろう。俺の家族どう思う?」成瀬莉奈は少し考えてから答えた。「いい家族だと思うよ。ご両親とお姉さん夫婦も親切で、礼儀正しい人よ」彼女は佐々木家の人の前では佐々木俊介によくして、どこからどこまで彼の世話をしていたから、佐々木俊介との関係はとっくにばれていた。佐々木家の人間は彼女にそこまで親切には接していなかったが、彼女が佐々木俊介の愛人だからといって、彼女に偏見を持って不親切なことなどは一切しなかったから、教養のある人達だと思っていた。その後、成瀬莉奈が佐々木俊介によくしているのを見て、彼の母親は態度を変えて、親切に接していた。姉である佐々木英子も成瀬莉奈を連れて買い物に行って、何着も高い服を買ってあげた。「うちの家族はあんなにいい人で、唯月に対しても親切に接してあげたのに、あいつは一方的に家族と仲よくしようともしない。そのくせに、俺の親がよくないとか、姉が悪い奴だとか言ったんだ。とりあえず、あいつの目から見ると、佐々木家の人間は全員悪い奴で、あいつ自身は、世界で一番完璧な人間だと思ってやがる」佐々木唯月がこの話を聞いたら、きっと卒倒してしまうだろう。佐々木家の人間は自分の本性を隠すのが上手なのだ。佐々木唯月は何年も社会人として働いていて、自分が愚
さすがはタイプが同じ人間同士、どうりでこの二人が親友になるわけだ。直接お金にものを言わせるやり方で、色気のないやり方だ。店にいた時、結城理仁は内海唯花に言った。ただで神崎姫華のものを受け取るわけにはいかないから、彼から唯花にお金を送金し、そのお金を神崎姫華に返せばいいと思っていた。そうすれば、神崎姫華に借りを作らなくて済む話が、内海唯花の主張で完全に論破された。夫婦二人はもうお互いのLINEを消して、内海唯花のほうは彼の電話番号もブロックしている。LINEの友だち登録をしない限り、送金も、おしゃべりすらもできない。今になって、結城理仁はようやく少し後悔した。自分の度量の無さで、ほんの少しの誤解のため、妻と冷戦状態になり彼女のLINEまで削除してしまった。ほら見ろ、今また登録したくても、言い訳の一つも出せないだろう。……スカイ電機株式会社にて。佐々木俊介はウキウキしながら社長のオフィスから出てきた。成瀬莉奈は上司の嬉しそうな顔を見て、彼について専用のオフィスに入りながら、ドアを閉めた。「佐々木部長、社長に何か言われたんですか?嬉しそうですけど」佐々木俊介は社長がサインした後の書類を置いて、手を伸ばし成瀬莉奈の腕をぐっと引っ張って、自分の胸に引き寄せ、彼女の細い腰に手をまわした。そして、ニヤニヤしながら彼女に言った。「莉奈、当ててみ?」「昇進?それとも給料をあげてもらった?」佐々木俊介は首を横に振った。彼の上には二人の副社長がいて、その一人は社長の親友で、もう一人は社長の実の弟だった。だから、佐々木俊介はもう副社長に昇進することができないと思っていた。部長で彼はもう十分満足していた。給料が上がるのもあり得ない話で、せいぜい少しボーナスが上がる程度だが、彼は副業があって、今ではほんのボーナスなど眼中にない。「もう、じらさないで、早く言ってよ、どんないいこと?」成瀬莉奈はわざと甘えた声でねだった。佐々木俊介は彼女の頬にキスをして、かすれ声で言った。「キスさせてくれたら、教えてやってもいいぞ」「やだ、もうキスしたじゃない?」佐々木俊介は愛おしそうに彼女を見つめた。成瀬莉奈は彼に見惚れて、とうとう彼の頭を引き寄せ、自ら彼の唇にキスをした。激しいディープキスをしてから、佐々木俊介はやっ
彼がそのまま動かないことに気づいて、内海唯花は彼の方を見た。「どうしたの?」結城理仁は唇をぎゅっと結び「何でもない」と返事した。「先に会社に戻るよ」「うん」内海唯花は適当に返事をして、また皿洗いに集中した。暫く彼女の背中をじっくり見つめてから、結城理仁は彼女に背を向け、キッチンを出た。佐々木陽と遊んでいたおばあさんは孫が出てきたのを見て、少しむっとして文句をこぼした。「理仁、唯花さんの手伝いをしなかったの?昼間ずっと忙しくて、きっと疲れてるわ」結城家の男ならみんな妻を溺愛している。おばあさんの息子たちも全員自分の嫁に非常に気を使って大事にしていたのだ。孫の代になってみると、どうしてこのような簡単なこともできないのか。「彼女が必要ないと言った。ばあちゃん、先に会社に帰るよ」結城理仁は低い声で説明してから、おばあさんの前を通り過ぎた。おばあさんが口を開けて何かを言おうとした時、結城理仁はもう大股で店を出ていた。彼女は力なくため息をついて、その言葉を呑み込んだ。店を出た結城理仁は車に乗り、店から離れた。暫くして、九条悟から電話がかかってきた。「どうした?」結城理仁は交差点で車を止め、信号を待っていた。「お前の一番下の義弟が刑務所に入れられたね」「そいつは義弟じゃない」結城理仁は冷たい声で親友が言った呼称を訂正した。彼と内海唯花の冷戦はまだまだ続いていて、この夫婦関係もいつまで続くかわからないのだ。内海家の人を親戚などと認めるわけがない。内海唯花すら彼らを親戚とは認めていない。「はいはい、わかった、義弟じゃないね」九条悟は内海家の人達が内海姉妹に何をやったのかを知っているから、さっきのは冗談でもきついと自覚した。「内海陸はチンピラを何人か連れてお前の奥さんを殴るつもりだったが、逆に仕返しされボコボコにされたあげく、警察に捕まって勾留されてるらしいぞ」内海唯花は怪我しなかったが、あの不良たちは拘束されたわけだ。「内海家の奴らがまた何かしようとしているのか?」結城理仁は内海家の人を見張るように九条悟に頼んだから、彼らに何か動きがあると、内海唯花より、結城理仁は先に知ることができる。「金で内海陸を留置所から出そうとしているんだよ」「人を集めて通り魔のように邪魔して殴ろう
隣に座った孫が黙々と食べてばかりいて、妻への気遣いもしないのを見て、おばあさんはテーブルの下で孫の足を突いた。結城理仁は状況がわからないというように黒い瞳でおばあさんを見つめて、全くおばあさんの行動の意味を理解していないようだった。おばあさんは頭を抱えたいほど困っていた。彼女は夫と愛をこめて初孫を育てていた。後継者になる孫の教育に尽力していたが、どうしてうまくいかなかったのだろう。仕事の能力なら、おばあさんは何の不満もなかった。結城グループは結城理仁のもとでさらに発展し、神崎グループをはるかに超えて、ビジネス界の大黒柱のようになってきたのだ。しかし、その能力と裏腹に、感情面ではマイナスになっているんじゃないかとおばあさんは疑っていた。「唯花さんにエビの殻を剥いてあげて」仕方なく、おばあさんは小声で孫に言った。良きチャンスは掴むべきだとこのバカ孫は知らないのか。結城理仁はその薄い唇をぎゅっと結んだ。内海唯花は手がないわけじゃないだろう。自分が育てた孫のことなのだ。おばあさんは彼のことをよく知っている。結城理仁が唇を引き結ぶと、何を考えているのかすぐわかる。おばあさんは孫を睨んだ。結城理仁はおばあさんに睨まれ、一言も出さず、黙ったまま箱の中から二つの使い捨て手袋をとり、それをはめてから手を伸ばしてエビの皿を目の前に持って置いた。彼は淡々と言った。「内海さん、君は食べて、俺が陽君に剥いてあげるよ」おばあさん「……」唯花に剥いてあげろと言ったのに、どうして陽ちゃんになったのか。本当に救いようのない馬鹿だ!このバカ孫!内海唯花は結城理仁のやりたいことは遮らず、うんと答えて、使い捨て手袋を手から外した。結城理仁の動きは素早く、間もなく佐々木陽の皿は剥いたエビで一杯になった。しかし、結城理仁のその動きは止まらなかった。彼は佐々木陽の皿にはエビを入れず、次は別の皿に置いた。全てのエビを剥き終わってから、相変わらず何も言わず、内海唯花に一瞥もせず、そのままその皿を内海唯花の前に置いた。全部やり終わったら、彼は黙ったまま使い捨て手袋を外した。そして、何食わぬ顔で自分の海鮮スープをひと口飲んだ。内海唯花の料理の腕前はなかなかのものだ。彼は好き嫌いが激しいが、目の前の料理はどれも美味しいと思